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รายละเอียดคำ

柏木 (源氏物語)

不興を買ったことを告げて、夕霧からとりなしてほしいと頼んだ。兄弟たちも皆悲しむ中で柏木はとうとう死去、とりわけ両親の嘆きは激しく、伝え聞いた女三宮も憐れに思って泣いた。 三月に薫の五十日の祝いが催され、薫を抱き上げた源氏(六条院)はその容姿の美しさに柏木の面影を見て、さすがに怒りも失せ涙した。一方夕

คำที่เกี่ยวข้อง

肖柏本源氏物語

語」、「源氏物語大成」に青表紙系統の本文を持つ写本として写本記号「肖」、「肖柏本 牡丹花肖柏筆 桃園文庫蔵」として校異が採用されており(但し、一部の巻(帚木、花散里、野分、東屋)は採用されていない)、また「源氏物語別本集成 続」に「肖 肖柏本(天理図書館蔵)」として校異が採用されている。 大津有一「諸本解題

帚木 (源氏物語)

慣例的に『雨夜の品定め』(あまよのしなさだめ)と呼ばれる。「夕顔」巻には、「ありしあま夜のしなさだめの後いぶかしく思ほしなるしなじなあるに」とある。 左馬頭は、妻として完全な女などない。家を治めるのは国よりもむずかしい。妻選びに苦労するのは好色からだけではないが、真実な心の女が望ましいといい、体験談

源氏物語

『源氏物語評釈(げんじものがたりひょうしゃく)』(1861年、萩原広道) 古注釈の最後に位置づけられる。 元来『源氏物語』は作者紫式部と、同時代の同じ環境を共有する読者のために執筆されたと推察されており、加えて作者と直接の面識がある人間を読者として想定していたとする見解もある。書か

幻 (源氏物語)

紫の上が世を去り、また新しい年がめぐってきた。新春の光を見ても悲しさは改まらず、源氏は年賀の客にも会わずに引きこもっている。そして紫の上に仕えていた女房たちを話相手に、後悔と懺悔の日々を過ごしていた。明石の中宮は紫の上が可愛がっていた三の宮(匂宮)を源氏の慰めに残し宮中に帰る。 春が深まるにつれ、春を

葵 (源氏物語)

ってくれた礼を言おうと、顔を覗き込んだら、車の主は源典侍だった。がっくりする源氏。 その後葵の上は、病の床についてしまう。それは六条御息所の生霊の仕業だった。源氏も苦しむ葵の上に付き添ったが、看病中に御息所の生霊を目撃してしまい愕然とする。8月の中ごろに葵の上は難産のすえ男子(夕霧)を出産するが、

譜 (源氏物語)

ポータル 文学 源氏物語における譜とは、源氏物語が成立して間もない時期に存在したとされる源氏物語に関連する何らかの書き物のことである。 鎌倉時代後期に成立した了悟による源氏物語の注釈書『幻中類林』の中から本文関係の記述を抜き出した書物「光源氏物語本事」(島原松平文庫蔵本)の中に伝えられる更級日記の

蛍 (源氏物語)

5月5日の節句、玉鬘の下には数多くの薬玉が贈られた。源氏は夏の町で騎射と宴を催し、その晩は花散里のところに泊まった。やがて長雨の季節に入り、物語に熱中する玉鬘に源氏は物語評論を聞かせ、相も変わらず言い寄って玉鬘を困らせていた。その頃玉鬘の実父内大臣も、夢占でかつて夕顔との間にもうけた娘が他人の養女になっているだろうと告げら

新源氏物語

ポータル 文学 新源氏物語(しんげんじものがたり) 直木賞作家である川口松太郎による「週刊文春」に連載され、1962年(昭和37年)7月に単行本として文藝春秋より出版された『源氏物語』を元にした小説。及びこれを原作として監督森一生、脚本八尋不二、主演市川雷蔵、寿美花代で大映より1961年(昭和36年

後柏原院本源氏物語

陽明文庫所蔵伝後柏原院等等筆写本五十二帖」として校異が採用されている。 大津有一「諸本解題 陽明文庫蔵後柏原院勅筆源氏物語」『源氏物語事典 下巻』東京堂、1960年(昭和35年)、p. 146。 ^ 池田亀鑑「現存主要諸本の解説 陽明文庫蔵後柏原院勅筆源氏物語」『源氏物語大成 巻七 研究資料篇』中央公論社、1956年(昭和31年)、p

御物本源氏物語

合わせでの一組の写本にするために書かれたのかは不明であり、もともと別の組み合わせの写本のそれぞれ一部であったものをある時期に取り合わせたものである可能性も唱えられている。 本写本の本文は、巻によって以下のような異なる本文系統を持つ、典型的な「取り合わせ本」になっている。 青表紙本の本文を持つものが20巻

柏木源藤

『さつま人国誌 戦国・近世編』(南日本新聞社) ^ 『野望! 武将たちの関ヶ原』(新人物往来社) ISBN 978-4-404-03612-4 では「げんとう」、『裂帛 島津戦記』(学習研究社)ISBN 4-05-602595-9 では「もとひさ」としている ^ 直政はこのときの傷が癒えず、慶長7年(1602年)に死去。

鈴虫 (源氏物語)

帖。第37帖「横笛」の並びの巻とされている。巻名は女三宮と光源氏の歌「おほかたの秋をばうしと知りにしをふり棄てがたきすず虫のこえ」および「こころもて草のやどりをいとへどもなほすず虫の声ぞふりせぬ」による。ただし、当時の鈴虫と松虫は現在と逆であることに留意が必要である。 光源氏50歳の夏から8月中旬までの話。

源氏物語新釈

ポータル 文学 『源氏物語新釈』(げんしものがたりしんしゃく)とは、源氏物語の注釈書である。 江戸時代の国学者賀茂真淵の著書。複雑な成立過程を持っているものと考えられており、跋文によれば1758年(宝暦8年)4月6日完成とされるが「惣考」などを含めた全体が完成したのは1762年(宝暦12年)ころの完

胡蝶 (源氏物語)

思慕を押さえがたくなった源氏は、ある夕暮れにとうとう想いを打ち明け側に添い臥してしまう。源氏の自制でそれ以上の行為はなかったものの、世慣れぬ玉鬘は養父からの思わぬ懸想に困惑するばかりだった。 渋谷栄一による定家本の本文・現代語訳・注釈 『源氏物語 24 胡蝶』:新字新仮名 - 青空文庫(与謝野晶子訳)

浮舟 (源氏物語)

治川の流れを耳にしながら物思う。ある日、宇治で薫と匂宮両者の使者が鉢合わせしたことからこの秘密は薫に知られ、薫からは心変わりを詰る内容の文が届いた。薫に秘密を知られてしまい、ショックを受ける浮舟。やむなく、「宛て先が違っている」ということにして、文を送り返した。宇治の邸は薫によって警戒体制が敷かれ、匂宮は焦りを募らせる。

絵入源氏物語

された『源氏物語』の版本である。江戸時代には多くの『源氏物語』の版本が出版されたが、『絵入源氏物語』は『源氏物語』の版本としては最も早い時期に出され、広く流布したものである。 それまでの『源氏物語』は平安時代に成立して以後、すべて写本の形で存在しており、1冊ずつ人の手で写さなければ

源氏物語系図

になる。そのような必要性から源氏物語の登場人物を系図にして整理したものが古くから存在しており、「源氏物語系図」、「光源氏系図」、「源氏系図」などと呼ばれている。 江戸時代に入ってから出版された、湖月抄をはじめとする木版本による源氏物語では登場人物の系図が付されることが通例となり、その伝統は明治時代以

源氏物語忍草

文字が極めて小さく書写されており、1冊本仕立てになっている。 龍谷大学図書館蔵本 金沢大学図書館蔵本 兵庫県立小野高等学校蔵本 鶴岡市立図書館蔵本『しのふ草』 大洲市立図書館蔵本(矢野玄道文庫)『源氏しのぶ草』 桐壺から松風まで朱による旁書がる。 稽古有文館蔵本 弘前大学人文学部国文学研究室蔵本『源氏物語忍草』 東京大学図書館蔵本

源氏物語年立

巻から「藤裏葉」巻までの間の光源氏の年齢はすべて作品中で描かれている季節などから経過年数を推測した上で、「藤裏葉」巻から逆算して考察することによって明らかにされることになる。 作品中で起こった出来事の前後関係や時間的な隔たりについても明記され